2007年2月17日 (土)

和家具三昧

Dscn0214

 今日は書籍の紹介である。塩沢幸登さんが書かれた「和家具三昧」という本だ。
氏は昭和22年東京生まれだからezouよりも7つばかり年上ということになる。
 文章を読んでもらえれば判ってもらえると思うのだが年齢のわりには(失礼;)柔軟な感性をお持ちの人である。
 本著は、東京下北沢にある時代和家具の店・山本商店を題材にしながら、的確な文明批判を裏側に含んだ「人間」あるいは和家具のガイドブックになっている。

Dscn0256  東京の「井の頭通り」を渋谷から吉祥寺方面に向かって流して行くと、下北沢あたりで古い家具を積み上げているお店にぶつかる。
 昭和20年創業、アンティーク和家具の「山本商店」が本著の主人公である。
 この店は、骨董の仕入れ・リストア・販売までを兼ねて、12人の従業員を抱える大きなお店なのだが、店としての歴史がある分だけ人の物語がある。
 本著は古道具店の三代に渡る店主物語でもあるのだ。
 現店主へのインタビューを基に、先々代の店主の生き様にまで遡りながら、和家具の魅力に迫る構成になっている。 我々素人にはヴェールに包まれた骨董業界の内幕をのぞくことも出来るのが楽しい。
 インタビューを中心にして己の思いを練り込んでいく沢木耕太郎が書くような文章アプローチを、和家具の骨董店に仕掛けたのも上手いと思うが、何よりも面白いのは本書が、言葉ではなかなか説明出来ない「古いものが持つ魅力」を実に明快に解析している部分だろう。

 骨董の世界では和家具はハコものと呼ばれ結構、低位置にあるらしい。というのは和家具は他の骨董と比べて、あまり過去には遡れず、又そのスタートも昭和初期という他の骨董と比べて「歴史の重み」に欠ける世界だからだそうである。
 山本商店の商品は、明治期から大正・昭和30から40年代に作られたアンティーク和家具 を、飾って楽しむのではなく、使って楽しめる生活アンティークとして、手ごろな価格で販売されている。
 本書では言及されていないが、骨董家具が眺める対象というよりは、現在でもその使用目的として実用に重きがある事も、骨董品として軽んじられる要因の一つかとも思う。
 しかしそんな和家具だからこそ「古いものが持つ魅力」を反面教師的に上手く語れるのかも知れないのだ。

 本著の中では昭和の高度成長時代こそが、和家具における「骨董」の境界線だと説明している。
 高度成長時代にモノの生産ラインががらりと変化したため、純粋な意味で和家具はこの時代に消滅したのだと言い切っている。
 確かに現在、骨董に見られるような手仕事ぶりが顕著にみられるのは飛騨家具ぐらいのものではないだろうか、それに飛騨家具も実用家具というより大きな工芸品という感がある。
 骨董和家具の主な特長は、昔の職人によって、あまり損得を考えず、素晴らしい素材をふんだんに使って作られており、完成度が高いことが一つ、更に使う人の気持ちを十分に考えて一生懸命作られたことが実用性と飽きないデザインを生み出している事があげられる。
 三つ目として、その時代の社会的な背景が「形」として反映されていて、それが<味>になっていることも重要だろう。
 逆に言えば現代の家具は、最後に挙げた「時代の反映」を除けば、家具としての多くの美点を損なっているとも言えるだろう。
 現代、マスプロラインにのっかって生み出される家具はそのデザインは別にして、リストアが効かないものが殆どだそうだ。
 はっきり言ってしまえば、「大きな使い捨て」製品なのだが、ものが家具だけに「使い捨て」部分があまり意識されないのだろう。
 だが人にはモノに対する審美眼が多かれ少なかれ備わっているから、現在の家具に失われているのものを骨董和家具に「安らぎ」として見いだすのかも知れない。

 審美眼と思わず書いてしまったが、本書の中でインタビューを受ける山本氏は、自分の父親やお爺さんから「品物を見極められるようになるには最高級のものを見るようにと言われましたね。たくさん数を見るよりも、本当にいい品を1点見ろと。そのために、美術館や博物館もずいぶんまわりました。」と教えられたことを語っている。
 審美眼は「比較検討する力」と、モノ自身が放つ力を受ける感性でなりたっており、それは超能力の部類に入るモノではないのだと思う。
 ただこの審美眼には厄介な部分があって、それは見る者の価値観が大きく関与していて、絶対基準に相当するものがあやふやだということである。
 一時、都市生活の中で、モノが何もない実にシンプルでスクエアな生活がスタイリッシュであると持てはやされた時期があった。
 そういった価値観から見れば骨董和家具などただの廃棄粗大ゴミにしか見えない筈だ。
 現に多くの和家具はそういった価値観からゴミとして捨てられていったのだ。
  「手間暇・人の情」と言ったどちらかと言うと近代的な都市生活からは排斥されてきた要素や記憶を、含んでいるのが和家具。
 今、人々がそれを懐かしむのは、この時代が決して真の意味で豊かではないからだろうか。

Dscn0174  三連休中、金沢小旅行に行って来た。旅のメインは現在計画中の古民家カフェギャラリーを始める為の調度品(骨董家具)探しである。
 雨の中、早朝に大阪を出発した身体と頭に活を入れ直す為に北陸自動車道の徳光ハイウエイオアシスで下車し「松任CCZ温泉」温泉へ。
 天井の高い開放的な大きい浴室と湯船が◎。海の近くにある温泉らしく程良い塩分(ナトリウム塩化泉)があるのも○だった。
 出発ぎりぎりまで働きづくめだったezouと妻のリフレッシュに大いに役立ってくれた。
 その後、ネットで下調べをしておいた西金沢にある金沢古民芸会館さんへ。
 蔵戸を店舗のドアに作り替えた金沢古民芸会館さん、外見は普通の骨董店なのだが、中に入ってみて吃驚、小体育館ぐらいの空間に大小様々な骨董がずらり、その規模の大きさに圧倒された。
 店主の叔父さんに骨董に関するあれこれの蘊蓄を披露して貰いながら、このお店でかれこれ2時間近く滞在。
 倉庫のロフトに一人乗りリフトで上げてもらい仕入れたばかりの数々の蔵戸や建具を眺めていると、我々が失ってきたモノは大きいなと思いましたね。
 しかし、それらは「取り戻せない」ものではないし、単に懐古趣味で終わらせられるものではない事も確か、、。
 
 ここでは、かなり変わった仕掛けのある和箪笥と昭和初期に作られたという手書きの鯉のぼりを手に入れた。
 いずれも「今」作ろうと思えば、作り手がごく少数に限られるモノばかりだろう。けれど姿を変え「手間暇」をかけた人の情が反映された「ものづくり」がこの国に息を吹き返さないとは誰にも言い切れない。
 その日を楽しみにして置こう。
Dscn0280_1

| | コメント (0) | トラックバック (3)

2006年12月28日 (木)

「辺境・近境」をウィスキーを飲むように読む

Kobein
               「辺境・近境」をウィスキーを飲むように読む

 今、村上春樹氏の「辺境・近境」を読み始めている。私はよほどの分厚い本でない限り、一気読みをする質なのだが、この文庫本についてはその内容を、じっくりとちびちびと味わいながら楽しんでいる。
 今日、読み始めたのは「神戸まで歩く」だ。私は神戸が大好きで、村上春樹氏の故郷が実は「神戸」であると言うことをこの本で知ってちょっと嬉しくなった。
 また氏の文章の中に阪神大震災が神戸に残した爪痕の記述があって、私自身も震災直後に訪れた「神戸」の風景に同じ様な思いを抱いていたので、その感性の近さに吃驚した。
 もっとも私には、氏が感じているような、大震災とオウム事件の連鎖は見えないのだけれど。
 ・・まあ今日はこれぐらいで勘弁してやるかとページを捲る指先を止めかけたのだけれど、美味しいお酒が後を引くのと同じで、ついつい他の短編を読んでしまう。
 「無人島・からす島の秘密」と「讃岐・超ディープうどん紀行」の二編だ。
 私の四国うどん巡礼の旅の引き金は、実を言うと村上春樹のエッセイ文なのだが、その原文が、この「辺境・近境」にあった事は今日始めて知った。
 しかし讃岐うどんの小麦粉がオーストラリア産のものだったとはちょっとショックだ。
 四国は香川、、讃岐富士の麓、手打ちうどんの中村屋をめざし、わざわざ「一杯のかけそば」ならぬ一杯のセルフサービスの讃岐うどんを食べる為に丸亀市内の某ホテルに泊まった身としては、その程度のぼやきは許してもらえるだろう。
 その日は、秋晴れの下、おんぼろツーシーターのマイカーを駆って、Webリサーチしておいた情報を元に幻の「中村屋」を探して約二時間のドライブ。
 村上春樹氏の怨念が増幅されているのか、かの中村屋の経営ポリシーが徹底しているのか、、情報たって、、オハヨー牛乳の看板を見つけたらだの、、製材所の向かいのプレハブみたいなだの、、ロールプレイングゲームなみだし。
 ナビなら電話番号と住所があれば一発の筈が、、、。
 半分泣きが入った頃に、端切れの情報から集めたそれらしい符号が一致する場所に出くわした時には「私の旅は無駄ではなかった。」と顔の筋肉がとめどもなく緩むのであった。
 しかし午前十時に行列が出来ているわ「中村屋臨時駐車場」があるわ、中村屋は秘境ではなかったのか、、複雑な気分だった。
 有り難いうどんの配給を待つ為に、戸口近くで並んでいると、目の前でトッピングのネギがどんどん無くなっていく。作業台みたいなテーブルの下には畑から抜いて来たばかりのネギが。噂通りだ。なくなったら自分できざめって事か。
 しかし2・3人前のお姉さんが手早くそれを切って追加したネギをゲットすることが出来たので包丁を握らずにすむ。トッピング2は竹輪の天ぷらを選ぶ。
 で食後の感想だが、だし汁だけなら「灸まんうどん」の方が美味かも知れない。
 でも満足なのだ。「一つの事を成し遂げた」達成感が、澄み切った秋の空気に包まれて、、とっても幸せな気分になった。
(補正、多分平成17年現在ではこの中村屋さん電話番号も住所もフルオープンの筈)

Dscn1260

 村上春樹氏の「辺境・近境」の続きを読む。今日は「メキシコ大旅行」を読み終わった。ジョニー・デップの「レジェンド・オブ・メキシコ」を少しだけ思い出す。
 アメリカから見えるメキシコっていつもあんな感じなんだろうか。(監督がロバート・ロドリゲスだからメキシカンティストを出せるのは当たり前と言えば当たり前だけど、、ついでにデップは、どこまでもお茶目で可愛い。)
 でも村上春樹氏が描写するメキシコと映画とがそう変わらないのですこし吃驚した。
 それと今回、私が何故、村上春樹作品を好むのか、なんとなく判ったような気がした。
 確かに村上春樹作品にはミーハーのちょっとお洒落なアクセサリーになるような格好良さがあるのだが、それ以上に、氏は人のリアルな感受性という部分に拘って文章を書くので、氏の感性に近い人はどんどん氏の作品が好きになっていくのだろうと思う。
 「辺境・近境」は旅の本だから、氏の旅の捉え方とか人の見え方なんかが凄くはっきり見えて「あーそれ同感」って感じる部分が随所にある。
 それ以外に、メキシコの旅の後半「共同の夢を見る人々」を読んでいて、ああ、こういう見方をするから「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」が書けるんだろうなと、気付いてみたりした一日でもあった。

 今日は「ノモンハンの鉄の墓場」。私の好きな『ねじまき鳥クロニクル』の背景であるノモンハンに村上氏が直接出向いた紀行文である。
 氏のガイド役のモンゴル人チョグマントラが荒野をドライブしている途中で、突然自動小銃に実弾をセットして荒野の狼雌の狼を撃ち殺す場面がなんとも言えない。
 射殺される前に動物が見せる視線の表情には、単に死に硬直した感情以上のものがくみ取れた筈だ。
 『ねじまき鳥クロニクル』に登場する「暗い穴」のイメージが単なる創作上の文学的な比喩ではなく、村上春樹の生理の中にあることを確認した。

 いよいよちびちびと読んできた「辺境・近境」のお楽しみも今日で終わり。今日は「アメリカ大陸を横断しよう」だ。これは他の短編と比べて一番薄味。
 と言うことで今日は、村上春樹氏がなんとかという内容ではなく、自分自身がアメリカについて思いついたことを徒然に書いておこうと思う。
 これはイラク戦争が始まりかけた頃に考えていたことだが、アメリカという国は「空虚でクールな正直者の精神病患者」を思わせるところがある。
 と言っても、一度もアメリカに行ったことがない私が書くことだからなんの裏付けもないのだが。
 ハリウッド産の映画を何本か見たりミステリーを何作か読んだりする中で「アメリカ」の肌触りを分析しているだけのこと。
 古くは「イージーライダー」「真夜中のカーボーイ」「スケア・クロウ」etc、、結構アメリカを語る映画には事欠きませんからね。
 アメリカを語るとき、何故か、古株ではロバート・ランカスター主演の「泳ぐ人」と、やや最近のもので「ストレート・ストーリー」が印象に残っている。
 特に「ストレート・ストーリー」は、村上氏の「アメリカ大陸を横断しよう」を読んでいる時に、何度も映画のシーンが脳裏を掠めた作品でもある。
 とにかくアメリカという国は無駄に、、いや豊潤な癖に空虚な国という印象がある。
 これは何も地勢的な要素だけではなくて、そこに発生する文化・文明も良く似た傾向があるのではないかと思ったりする。
 そう、余りにも「豊かで空虚」だから他のものを征服したくなるのだろう。そして自分を満たそうとする。
 けれどアメリカが抱えている病理を解決する為の根本は、そんな所にはありはしないから、決してその飢えは満たされることはなく、痛い目に遭っても性懲りもなく人のモノに手を出そうとするのだろう。・・まあそんな感じだ。

PS 万が一にも「泳ぐ人」を見てやろうかなんて酔狂な気持ちを起こす方がおられると、申し訳ないので言っておきますが、この映画、見終わってから凄く情けな~い気持ちになります。
(特にアメリカに幻想を抱いている人)こんな映画が撮られたのもアメリカン・ニュー・シネマと呼ばれたムーブメントを生み出したアメリカにしては珍しく内省的な時代背景があったんですねぇ。

 

| | コメント (1) | トラックバック (0)