2008年7月10日 (木)

桐座布団

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Dscn2041  先日、岩本清商店に依頼していた桐座布団を取りに行く為に金沢に出向きました。
 当初はわざわざ商品を自ら送り届けて下さるとの事でしたが、こちら側に金沢で行きつけの骨董店で、自店のテーブルに使うための蔵戸を見積る予定があり、それならばと出向いた訳です、
 その日は幸運な事に、加賀百石祭のイベントの一つである灯籠流しに重なって思わぬプラスアルファがありした。
 灯籠流しは金沢市中心部を挟む形で流れている二つの川、犀川と浅野川の内の一つ、犀川大橋付近で実施され、夕暮れ時からライトアップされた大橋のシルエットが綺麗に見える頃に、川面を流れる灯籠の美しさを堪能させて戴きました、
 この灯籠流し、加賀友禅をイメージしたイベントのようですが、セレモニーのスピーチの中には何度も「金沢が誇る文化」が繰り返され、地元の方の加賀友禅に対する誇りのようなものを感じました。
 実際、九谷焼・輪島塗・加賀友禅・山中漆器や和菓子などに見られる金沢文化の華麗さと洗練の程良いバランスには、その背後にある時代の厚みを感じさせられます。

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 そして今回、お世話になった岩本清商店は金沢桐工芸の伝承店でもあります。
 金沢桐工芸は、全国に類を見ない独自なもので、雪国なればこその良質の桐材と、ろくろ木地師の技、加賀蒔絵の伝統が、その基礎を支えているそうです。
 そのルーツは古く、江戸から昭和初期まで、暖房の実用調度として多くの利点を持っていた桐火鉢より発祥し、1988年1月21日には、石川県指定伝統工芸品に認定されたとの事。
 今回、ezouが購入させて戴いた桐座布団は、そんな金沢桐工芸から産れたアイデア家具です、、、と書くとやけに高尚そうですが、実物は、結構迫力があって、しかも可愛らしさも併せ持つ手触りの良い生活家具に仕上がっています。
 8月末オープン予定の古民家カフェには十二ほど、この桐座布団をご用意していますので是非、その座り心地を試して下さい。
 (ezouは腰を痛めてから畳の上に座る生活がかなり苦しくなって来ていますが、この桐座布団、そんな身体にもかなり楽です。)
 桐工芸というと桐箪笥を思い起こされる方が多いと思います。最近ではどういう流通なのかホームセンターなどでも安価な桐製の整理箱が手に入ったりしますね。
 桐自体は九州の大川、広島の府中、新潟の加茂、福島の会津など、名産地はいくつもあるそうです。
Chair_pic_03_02_l  しかし金沢桐工芸は、桐箪笥に多く見られるような白木ではなく、表面を焼いて磨いた独特の焼肌をもつもので、桐座布団もその焼き肌を持っています。
 焼桐の肌は見ためにも優美であり、柔らかなあたたかみがあります。
それにこの桐座布団、見たときには迫力を感じさせるほどのボリュームがあるのに非常に軽く持ち運びしやすいのです。、
 桐火鉢は昔から春・夏に木地を作って乾燥させ、秋に仕上げ、冬に完成品として売る、という商いのサイクルを持っていたようですが、ezouがこの桐座布団を入手したのも、おおよそ、予約から始まって一年後のことでした。

 ちなみに岩本清商店さんのご紹介ですが、お店は金沢駅近くにあります。
 小道をちょっと入り込んだ住宅街に工場を併設されていて、お店の門構えにはアンティークな「桐火鉢」と書いてある看板が掲げられています。
 でも観光のついでに立ち寄られるなら、お店の近くにある横安江町商店街内のにある直売店「岩本工房」の方が商品も見ることが出来て具合がいいでしょうね。
 近くには金沢手ぬぐいのお店があったり結構楽しいと思います。

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2008年5月 9日 (金)

新旧

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Dscn1527  ここ東近江ではゴールデンウィークに前後して、田圃に水が張られ、田植えの真っ最中。
 古民家カフェ慧蔵の改装工事も厨房中心にピッチがあがって来ています。

 所で、ezouが大阪での古民家カフェの参考にしていた 「煉」が5周年を向かえたそうです。
 「練」は、長堀鶴見緑地線の「松屋町」駅を下車して③番出口から地上に出て、右を見ると、すぐに階段のある坂道があり、その正面に見えて来ます。    「マッチャマチ駅から徒歩1分。」って奴ですね。
  あっ、マッチャマチとは地元の呼び方で地下鉄のアナウンスでは「まつやまち」です。
 大阪人の年輩者なら「マッチャマチのお人形、人形筋のマッチャマチ」というフレーズがしみ込んでいます。
  天王寺さんあたりから千日前の道具屋筋、谷町の人形筋へ、旧浪花商人エリアですな。
 ezouはこの「練」の建物は、大阪の地の建物だと思っていましたが、実はこれ、大正末期に神戸の舞子より現在の場所へ移築されたものなんだとか。

Dscn1522  解体された建物は船に積まれ、大阪湾から東横掘川を経て陸揚げされ当地に移築され、完成までに6年の歳月がかかったそうな。
 この「お屋敷」の2階にあるカフェでくつろがして戴いた時に、懐かしさと共に妙な「お洒落さ」を感じたものですが、建物にも今流行の「品格」というものがあるのかも知れませんね。
 古い建物は、単に建材が老朽化しているモノであるだけでなく、そこには人の記憶や物語が蓄積されているように思えます。
 ふすまをさらりと開けてにこやかに現れた着物姿のお嬢さんは曾お婆ちゃんの若い頃の姿かも。

 カフェは「装和きもの学院」とShopの混合された空間になっているんですが、カフェのガラス窓の外に広がっている景色も、ビルが建ち並ぶ今の松屋町と煉が持つ庭や垣根が混在していてこちらも不思議な感じがします。
 その他「練」にはチョコレート専門店や和雑貨販売店など蔵や別棟を利用して様々な商業施設が入っていて、それら総てが一世紀近い時の流れを蓄えた建物の中に調和している所が素敵です。
 大阪にお立ち寄りの時にはお勧めのスポットです。
大阪・・ヨシモトとハシモトだけの街ではありません。

Dscn1580  さてこちら東近江は市原野の古民家カフェですが、厨房作りの為に、一部解体が進んで、床下がむき出しになって見えるようになりました。
 昔の木造家屋の土台作りは、書籍だとかテレビ映像などで何度か見たことがありますが、それを実際に見るとかなり衝撃を覚えますね。
 強烈な土の匂いと、そこに半分埋まりながら長年太い柱を支え続けた数個の大石。
 要するに地面の上に、家と言う頑丈な箱がのっかっているだけなんですが、脆いのかと言うとこれが(竹の原理で)そうでもない。
 かと言って懐古趣味に囚われて「昔の建物は今の建物より頑丈だ」と言うつもりはありません。
Hi390044  改装に、入っていただいている工務店さんにレザー式水平器を見せて貰ったのですが、レザー光線を射出すると柱や床の傾きが一辺に判ってしまう。
 まるでSF映画のワンシーンみたいですが、こんな器具を使いこなして進む現在の建築技術が、過去の技術より劣る筈がないと思います。

 古民家を再生していく上での考え方は、「古さを値打ちを認め新しいモノを取り入れていく」その辺りのバランス感覚が大切になってくると思われます。

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2007年8月28日 (火)

彦根築城400年祭

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 永源寺にある古民家に週1の割合で大阪から通うようになって一番お世話になっているのが307号線だ。
 平均して片道2時間と少しのドライブなのだが、日野あたりで野猿の群が畑を荒らしているのを目撃したり、裏白トンネル(滋賀県甲賀市)を超えた場所で、大型野生鹿の死体を発見したりと結構、自然の生態系と接触する場面がある。
 特に道路に横たわる野生鹿の死体を見たときにはかなり驚いた。子馬程の大きさと重量感のある生き物の躯が灰色のアスファルトの上に横たわっている様は、車に挽き潰された狸や鼬などとは違って、ある種の尊厳を感じさせるものだ。
 山間のこのカーブを通過したのが午前8時過ぎだから、日の出前後の早朝か、深夜に山から下りてきた鹿が車と接触したのだろう。
 当てた方の車も、さぞ驚いた事だろう。第一、成人男性に近い体重の鹿に接触したのだから相当な衝撃があったはずで(バンパーぐらいは当然凹んでいるだろう)、何よりも精神的なショックを受けたことだろうと思う。
 日本では捕鯨問題に絡むとどんなリベラルなマスコミでも「どうして鯨だけを保護するんだ、命を大切にするというなら鰯だって」みたいな幼児返りをする部分があるのだけれど、「大きい温血動物」には何か特別のものがあるのは確かだ。
 それは理屈ではなくて肌で感じるものだ。その「大きい温血動物」を轢き殺してしまったのだ・・・鹿の死体は、そのまま放置してあったのだから「ひき逃げ」ということになるのだが。このドライバーはその後、数日間はかなりきつかったのではないかと思う。

Hi3900022  永源寺の古民家では庭に置いてある手水石でキンギョソウが薄紫の花を咲かせていた。
  防火用水井戸に数株、投げ込んで置いたモノが一夏で増殖しまくり処理に困り、試しにと1・2株移したものだった。
  話には聞いていたがその増殖振りに驚くと共に、キンギョソウに花が咲くというのは嬉しい誤算だった。
   キンギョソウの花は蓮のそれのように一日の内で開き方の様相を変えないで慎ましげに、しかもしっかり咲いている感じがいい。

 そんな永源寺では盆を過ぎたあたりから、急に朝晩が涼しくなり体が楽だ。それも手伝って朝から妻と彦根に古布を探しに出かけることにした。
 城下町彦根は、いま築城400年祭を開催中だそうだ。400年と言えば、七世代前後の人生のリレーがあり、人の稚拙さを思えば長く可能性と比べれば短いその年月が、この地に文化を育んで来たわけである。
 子どもの頃には、単純に「人は歴史の推移と共に進化する」と思いこんでいた幸せな時期があったのだけれど、大人になると100年前であろうが400年前であろうが、いつの時代にも人間関係のゴタゴタはあったろうし、人それぞれの心の大きさも又、大小様々であったろうと思うようになる。
 いやむしろ、心の強さや豊潤さで言うと、科学や技術の進歩と反比例してどんどん劣化しつつあるのではないかと、、。
 話が逸れた。
 この彦根城築城400年祭と同時に「彦根まちなか博物館」がオープンしたようだ。
 彦根に散在する文化的コレクションを町中のスペースを利用して展示するという市民事業だそうだ。
 ezouが拝見させてもらったのはオープン企画の4つのテーマ「日下部鳴鶴」「近江鉄道」「引札」「高橋狗佛」コレクションの内、「引札」と「高橋狗佛」。
06525000056  高橋狗佛コレクションは彦根の観光人気スポットである京橋キャッスルロードの「夢京橋あかり館」の2階・展示ギャラリーにある。
 ギャラリーと言っても「まちなか博物館」というネーミング通りに、こじんまりした規模で、それが返って展示物の内容と相まってなかなか可愛らしく仕上がっている。
 高橋狗佛コレクションは、彦根藩主井伊家の教育役だった高橋敬吉氏が収集した「いぬ」の郷土玩具の数々で構成されている。
   元来、彦根市立図書館に寄贈され保管されていたコレクションを今回初めてお披露目したものだとか。
 全国各地に伝えられて来た犬の郷土玩具約200点という事であるから、特別に「彦根だからこそ・彦根由縁の」というものではない。
 同時に展示してある現在のチラシ広告にあたる多色刷りの木版の「引札」コレクションも同じ様な位置づけなのだが、この二つ妙に「彦根まちなか博物館」というコンセプトに馴染んでいる。
 「文化」は人々の生活の中で育まれるもので、個人が多大の金を出して作り上げるものではないし,ましてや一個人に所属するものでもない。
 実に当たり前の事なのだが、今という時代は意外とその辺りの認識が混濁しているのではないかと最近よく思う。「彦根まちなか博物館」が新鮮に感じられる由縁である。

Hi390064  この日の昼食は、彦根城のお堀沿い(彦根市立花町)にあるブランジュリ&パティスリーカフェのポム・ダムールでとった。
 フランス人パティシエを迎えて、本場パリの焼き菓子とパンを売りにしているようだが、確かに、その味は他のものとは一線を画している。
 特に中がしっとりねっちっとした食感のあるバゲットに妻は感動していた。
 有機野菜をつかった日替わりランチの味は、ezouのような中高年男性の舌には少しインパクトが欠けるが、回りは殆ど、カップル・女性客・お子さま連れで、この客層なら受けがいいだろうと思った。
何より全面をガラスにした壁から眺める夏の日差しに輝く彦根城のお堀の緑が、この店のオシャレ度とマッチして楽しい時を過ごさせてくれる。
 昼下がりには彦根城のすぐ隣、護国神社の境内にあるカフェ「朴」で、文字通りお茶を飲んだのだが、ここはポム・ダムールと同じく「彦根」そのものを借景にしているのだが、そのコンセプトはまったく正反対、その話はまたいずれ。

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2007年8月24日 (金)

まんどう

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Hi390034   夏もそろそろお終い。
「今年の夏は予想に反して冷夏になるのでは」という予想が覆って異常な猛暑日が何日も続く有様。
 いつもなら亜熱帯化してる大阪に身も心も茹で上げられている所だが、今年は湖東に古民家を手に入れたお陰で避暑先が確保出来た。
 近所の方のお話では「ここも暑いでぇ」と言う事なのだが、ヒートアイランド現象を起こしている大阪の暑さこそ、他の土地に住んでいる方には想像が付かないものだろうと思う。
 第一、都市で蓮の花を見ようと思ったら園芸店に行くか植物園に出向くしかない所が、ここでは「我が家」の庭先で眺められるのだ。
 もっとも地球温暖化現象から逃れられる土地は何処にもないのだが、、。

 田舎に行くとお盆の前後にその地域特有のお祭りがあるのが楽しい。
この近くで有名なのは多賀大社の万灯祭。
 折角、車で小一時間の距離にある場所に第二の住処を見つけたのだからと期待していたのだが昼間の暑さにやられてしまい、とうとう行けずじまい。
 夕暮れの頃、境内に約1万数千灯の提灯に明かりが灯される祭りだという。
 かわりと言ってはなんだが手近な場所の夜店には良く出かけた。夜店では今も定番の金魚すくいで手に入れた金魚も、蓮の花咲く防火防水井戸の中で健在だ。

 そして夏の湖東暮らしのフィナーレは、8月15日に行われた旧永源寺市原野町の「まんどう」だった。
 数え年7歳から15歳の少年が、白鳥神社で受けた神火を灯した松明を持ち万灯山から堂屋敷まで駆け下りる行事だ。
 各地にあるお盆の迎え火・送り火の変形バージョンという所か。
 山から下りてきた火をリレーした巨大なあがり松明が村の広場で燃やされる。
 チキコンチキコンという鐘太鼓のリズムの中、大人達が火の粉を浴びて空中に浮かんだ巨大なビア樽のような松明を燃やす様は圧巻だ。
 考えてみれば観光化されていない夏の夜を飾る大きな祭りを見るのはこれが初めてだ。祭りの担い手を見ていると中高年層が多くてこの「まんどう」もいつまで続くものかと余計な心配をしてしまう。
 合理的に考えれば、あらゆる祭りがなくなっても生活は成り立つ。
 逆に祭りを成立させる為の手間暇は相当なものだろう。けれど祭りは日本人としてのアイデンティティに密接に関係しているように思えるのだが。
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 そしてこの15日は8月4日から開催されている地域活性事業コトナリエサマーフェスタの最終日でもある。
 ご近所の池庄町ひばり公園で開かれているこのコトナリエ、元祖ルミナリエとはその規模において比較にならないが25万球のイルミネーションの点灯はそれなりに美しく、特に天幕が帯状に夜空を横断していく天の川仕様のイルミネーションはなかなかのもの。
 妻は来年のコトナリエ開催の為の募金をして、その代わりに貰える青白く点滅するLEDキーホルダーを手にしていた。
 大きな闇の中では小さな輝きも美しく見えるものである。

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2007年5月 5日 (土)

勝山に「のれん」を買いに行く

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Dscn0645   『カフェを開くようになったら、絶対にこの街にある「のれん」を自分たちの店の玄関に掛けよう』と勝山を訪れる度に夫婦で確認してきた。
 私達が、「のれんの街・勝山」を飾る「のれん」を手がけられたのが「ひのき草木染織工房」の加納容子さんである事を知ったのは、もう少し後の事である。
 そして5月の連休前の休日に夫婦で「ひのき草木染織工房」」に出向き「のれん」を発注する事になった。
 私たちとの打ち合わせの中で加納さんは、各種の媒体で「草木染め」が、殊更に取り上げられ、化学染料がいかにも低級な染料であるような印象が流布されることを嘆いておられた。
 化学染料には、「草木染め」にはない直射日光下での退色に対する強さがあるし、化学染料でもある程度は「草木染め」に近い風合いの色も揃える事が出来ると仰る。
 要は「のれん」である限り、染めとデザインが最優先にされるべきであって「草木染め」の値打ちのみが一人歩きするものではないということだろう。
 私たちの場合も「のれん」を店舗に使用するのは、あくまでアイキャッチの為に吊すのであって観賞用ではない。
 勿論、私たちの場合は、古民家を改装したカフェという条件もあり「草木染め」の色あせた風合いも悪くはないのだが「のれん」上の形の輪郭や色が、定かでなくなるのに数ヶ月というのでは余りに経済効率が悪い。
 型が「ひのき草木染織工房」さんで残るそうなので、取りあえず店の玄関を飾る「のれん」は化学染料でお願いすることにした。
 もっともこの決定を促したのは、私の判断と言うよりも、勝山の街並に吊された「のれん」そのものの姿にあると言って良い。
 五月晴れの下、情緒豊かな勝山の街並みを巡っていく内に、この街の美しい「のれん」は、建物とのバランスにあると言うことに気付いたからだ。
 いくら単体として優れたデザインを持つ「のれん」であっても、それが掛けられる建物とのマッチングが良くなければ意味をなさないのだ。
 それは「草木染め」だから良くて「化学染料」だから悪い、という新たな思いこみの危うさを教えてくれている。
 すべてのデザインや技法の値打ちは、それらが「生活の営み」自体をどう豊かに彩れるかに収束される。
 今は加納さんに、湖東にある古民家の写真をお渡しして「のれん」デザインのベースを練っていただいている状況である。
 これから私たちとの数度のセッションを経て、約3ヶ月後にのれんが完成する。勝山の土地で生まれた「意匠」が湖東をどう飾るのか、楽しみである。
 ちなみにこの街で出会った子ども達は、見知らぬ旅人の私達に「今日は」とはにかみながらも挨拶をしてくれた。
 『人を見れば犯罪者と思え』と大人が子ども達に教えなければならないような昨今、半分心配もし、半分嬉しい思いで満たされたのも確かだ。

Dscn0680  勝山を出る際に、いつも満員でなかなか入店する事のできなかった『カフェうえのだん』に立ち寄る事が出来た。
 このカフェ、勝山の文化交流体験施設『勝山文化往来館ひしお』内にあって、中庭にはオブジェ彫刻があったり、勝山の城下町を見下ろすことができたりとロケーションの良さでは一等地にあるのではないかと思う。 
 店舗自体は、元々は明治時代中期に建てられた古い醤油蔵だそうで、付近一帯から見て一番上の高台にあり昔からここを”うえのだん”と呼んでいたとのこと。
 それをそのまま店名にしたのは、一つのセンスだろう。
 店内は太い梁や柱などの古材が上手く再構築されており、温もりを保ちつつもモダンな空間に仕上がっている。
 温故知新・・ 「西蔵」に続く勝山のメインスポットになるだろう。

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2007年1月28日 (日)

常滑「やきもの散歩道」

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 常滑にやきものを見に行く。
 陶磁器会館に設えられた「窯屋まつり」のメイン会場では、和楽器を軸に据えたクロスオーバーバンドのライブ演奏があった。常滑にちなんで打楽器の太鼓は全て陶製だそうだ。確かに澄んだ音の響きは水琴窟のそれに似ている。
 秋は完全に深まっていて、空には見事なまでの鱗雲が広がっている。その秋空の下、これも陶製の横笛が鳴り響き、実りの秋を賛美しているようだ。

 やきのも自体は人間臭さが余りにも前面に出すぎているような気がして、余り好きではなかったのだが、最近旅行先で時々覗くことにしてる物産展等で「若手作家」の素敵な作品に出会う機会が増え、興味を持つようになった。
 特にやきのもの場合は、女性作家に勢いがあっておもしろいと思う。
 素人の目からは、若い女性の「可愛い・綺麗もの好き」パワーが、陶芸の世界の伝統をも凌いで行くように見えて大変興味深い。

 ところで常滑の一般的なイメージはどんなものだろう。土管とか茶壷の生産地?。私もそのような先入観で常滑を訪れたのだが、どうしてどうして常滑は、なかなかお洒落な街である。
 小高い丘に、幾つもの窯元が立ち並ぶ「やきもの散歩道」は、レンガ煙突が坂道の中でアクセントになりいい雰囲気を醸しだし、道すがらにはお洒落な雑貨屋さんが点在していたり十分若い女の子も遊べるレベルに達している。
 例えば「やきもの散歩道」には二つの巡回コースがあるのだが、陶磁器会館に近いパン屋(風舎)さんの手作り天然酵母パンは、なかなか美味しくてお勧めだったりする。
 この天然酵母パンを食事としてゆっくり食べたければ「カフェギャラリー風」で、ランチセットを頼むという手もある。食事は「カフェギャラリー風」の二階で取れる。 一階は常滑焼きを初めてとしてセンスの良い雑貨を含んだギャラリー会場になっている。
 ちなみにAコースは1.5km(約60分)、Bコースは4km(約2時間30分)である。
 このコース上に、黒い板壁の工場や窯元、1850年頃に建てられた廻船問屋の住居を復元公開している「瀧田家」があったりする。
 常滑と言えば、道の両脇の壁に土管と焼酎瓶が埋め込まれた「土管坂」が旅行ガイドブックでも有名だが、国の重要有形民族文化財に指定されている登窯や坂道に立ち並ぶ常滑焼の店や工房を見ていると、「土管坂」など「やきもの散歩道」というパズルのワンピースに過ぎないのがよく判る。
 そしてこの散歩道、「味はあるけれどどう見ても廃墟」が所々にあったりして、ちょっと不思議な想いに囚われる空間でもあるのだ。

 常滑のお勧めと言えば、この散策コースからちょっと離れるが「窯のある広場資料館」も面白い。特に二階の展示物のアンティークな陶製便器コレクションが必見。中に未だに過去の「汚れ」がこびりついているモノもあったりして(汗)。
 こちらで食べ物ならマジョリカという喫茶レストランのランチがいい。品数が8点ぐらいあって800円そこそこ、コーヒーも美味しいし、、この店、シェフがちゃんといるようだ。何事も拘りである。

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2007年1月 7日 (日)

四国クォーター旅 馬路へ

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 「あなたは半田素麺を知っていますか?」
 半田麺は、素麺というより極細の四国うどんと言った表現が近いかも知れない。
 四国は徳島、192号線沿い半田町にある「めん恋うどん」さんで、食べさせてくれるので、旅の途中で余裕があったら試されてみればいかがかと思います。
 ただし表向きのメニューにはこの素麺、登場しないので「どんな素麺が出来ます?」と聞いてみること。
 びっしり書かれたうどんそばメニューの中で、鍋焼き以外は、この半田素麺ですべて調理できるという返事が返ってくる筈。
 その返事を聞いて、頭の中でカレー素麺の絵が浮かび「????」状態だったけれど、頼んでおいた天ぷらざる素麺を食べて納得しました。これはなんだってあり得ると。
 しかし192号脇に流れる吉野川のきれいな事、そして緑の濃さ、こういうバックグラウンドがあって麺類の美味しいものができるのだろうと思います。

 半田素麺で昼食を取ってから、今回の旅の目的地、馬路温泉に出発。少し時間があるので安芸に立ち寄ることにしました。
 そう、、阪神タイガースの春のキャンプ地で知られていた町です。
 しかし「観光地としては、、」という不安があったのですが、これが結構、穴場でしたね。少し山の方に入って見れば判ることですが、ここには「濃い四国」がある。四国と言えば坊ちゃんや道後温泉だけではないわけで、その安芸のシンボルが「野良時計」。
 野良時計と名前からしていい。実物は黒塀づくりの札幌時計台のようなものですが、、ここでちょっとお茶したのが、この時計台の側にある高園茶屋さんです。
 このお店、洋式テーブルとか椅子とかはなくて、広い畳の和室でお茶をいただきます。ちゃぶ台めいたテーブルが六つほど入っていて、それぞれの距離に余裕があるから、空間としてはかなりの広さです。くつろげます。
 ここの野点コーヒーは美味しいです。コーヒーの渋みが全くない。それだと普通、コーヒーとしては飲めなくなる筈なのだけど、これが不思議な事に美味しい。
 プラス突き出しに出された甘さが程良く抜けた羊羹、素直に「ごちそうさまでした」と言える味です。それと喫茶用に解放された和室自体の雰囲気が良い。将来、隠居したらこんな所で余生をおくれればという気持ちになる程です。
 そして安芸観光なら野良時計以外にも土井廓中・武家屋敷跡があります。街並みに入り込むと、完全にタイムスリップした感じ、童謡の「叱られて」がここで作られたのも凄くうなずける。昭和レトロを意識した宮崎駿監督のカレーCMが話題になったことがありましたが、あれなんか目じゃないって感じです。
 この「日本の田舎」を見終わってから、足を伸ばした安芸城跡近くの堀の蓮も凄かったですね。私の蓮に対するイメージは、線香臭いと言うか枯れたお婆ちゃんのそれなんですが、濃厚な緑の中に綿みたいな白がポッと咲いてる様は相当に官能的な光景です。
 それからもし安芸に訪れることがおありなら「焼きナスシャーベット」を食されることをお勧めしますね。どんな味か?それはお後のお楽しみということで。

 安芸を後にして馬路へ、相手の車が対向不可能な細い山道を上り詰めた峠の谷間にあるのが馬路温泉です。
 濃い緑の中にある温泉の赤い登り旗が何故か懐かしい。
 馬路温泉の存在はネットで知りました。馬路村の村おこし戦略の優れている部分は、都会の人間がどんな幻想を田舎に持っているかを知り抜いている事だろうと思います。
 馬路温泉のパンフレットの裏には「馬路では雨が珍しくない、そしてそんな雨の日に馬路温泉に泊まったあなたは幸せだ」と書いてある。
 『雨に刻々とその表情を変えていく山肌を、時より聞こえるカワセミの声と共になにもせずに一日中眺められるのだから、、』と。
 泣かせる名文句ですが、生活者の感覚から言えばこんな感傷は、山奥に住もうが都会に住もうが「まやかし」に過ぎないんですね。でもそれはあくまで生活者の感じ方であって、「旅」はそんな現実感を洗い流してリフレッシュさせる為にある。やっぱりこのコンセプト上手い。
 さて食事、旅館で出される土佐ジローのたたきや鮎・山菜が徹底的に美味しい。よく地方から来たヒトが、都会の魚なんて臭くてたべられないと言うけれど、逆に地方に出かけて「地」のものを食べると、なぜこんなに違うのかと思う。
 もちろんこれは「本物」の地元天然物にありついた場合のことだが。
 時々「本当に美味しいもの」は売りに出さないで自分達で食べるとかいう話を聞くけれど、何回か旅を重ねるとそれはありうるなと思うことがしばしば(笑)。
 温泉の方ですが、夕食後に二度目の入浴へ、中途半端な時刻のせいか、浴場には誰も居ませんでした。浴室の外に見える筈の安田川も真っ黒。で、急になんとなく怖くなってきました。
 多くの田舎村で、山奥や川や沼に妖怪話が生まれるのがよくわかりますね。夜は「ただ暗いだけの昼間」ではないということです。
 浴室同士を仕切る磨りガラスに白い影が流れる。初め、入り口にあった子供用のスリッパが、出る時にはきれいになくなっていた。

 夜は別の質量を持っていると書きましたが、朝もそうですね。丹念に読みとって行かなければ見落としがちになるけれど、朝には多くの命の芽吹きがある。
 朝の散歩に出かけ、村の吊り橋で若いお母さんと娘さんにであいました。最初、橋の上で娘を肩車してたお母さんは、私が橋に足を踏み入れた途端に彼女を降ろします。橋が揺れる、朝靄が流れている。ホテルのテラスから見える川の飛び岩にずっといた嘴の白くて長い縦型の鳥はなんと言うのだろう。黒い岩みたいな体色の鳥なんだけどカワセミだろうか?
 朝食の後、遠出をする前にミニチュアの森林鉄道を楽しみました。小さな渓谷を周回するものですが、夏休みのせいか地元の女子高生が切符販売をしてました。
 柔らかなショートヘアをグレーブラウンに染めたおしゃれな子で、この年頃の女の子にはファッションの地域格差があまりないんだって気づきました。
 この森林鉄道で年甲斐もなくはしゃいだ後、インクラインという不思議なケーブルカーに搭乗しました。インクラインは35度くらいの傾斜の小さな丘の斜面を一気に登るのですがこの動力が「水」なんですね。
 いまいち理屈が飲み込めないんですが、私たちが乗り込むと、運転手のおじいちゃんが水をいきなりケーブルカーの底あたりから排出し、それがようよう終了するとケーブルカーが、ずるると言う感じで上昇し始めるのです。
 逆に降りる時は、丘のてっぺんにある貯水タンクから引いてきたパイプから水を、ケーブルカーの最後尾についた四角い上戸みたいなものにドドドと注水する。
 これが満杯になると再びケーブルカーはごるんごるんとずり下がりだします。

 こんなことをしてたんですねこの国は。願わくば観光目的でもよいからインクラインという技術がこれから先も残されますように。それは懐古ではなく、ある種の方向性を示してくれるものだと思うからです。

PS 馬路は別名「ゆずの村」と言われています。ここの「ゆずぽん酢」は本当に美味しいですよ。多分、お近くのスーパーにも置いてあるハズ、言い換えれば村おこしの勝利品ですね。商品名は「ゆずの村」、お勧めします。

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2006年12月12日 (火)

面倒と感じるか、ゆとりと感じるか

Img071_1  最近、私たち夫婦が毎土曜日ごとに通っている素敵なガーデニングショップがある。宇治田原にある「カントリーライフ」さんだ。
 大阪方面からだと国道307号線を宇治田原方面に15分程行った場所にある。
 道路際からだと判りづらいが、結構広い敷地と洒落た雰囲気をもったガーデニングショップだ。
 園芸は妻が昔から凝っていた趣味なのだが、つい最近まで、私は殆どそれに興味を示さなかった。
 同年輩の仕事仲間や、少し上の世代の男達が、何故か歳を取ると「園芸」に懲り出すのが、腹立たしく思える天の邪鬼な性格故かも知れない。
 彼らは一応に言うのだ。「花や木はこちらが丹精込めた分だけ素直に育つ、それが可愛い」のだと。
 その気持ちが判らないではない、判らないわけではないのだが、私には物言わぬ花や木に、己の思いを託して長くつき合う堪え性がないのだ。
 それが、ようようにして最近、草や花に目が行くようになった。
  ただここでも天の邪鬼な性格がそうさせるのか、好みとしては、多肉植物や水棲植物、あるいはエヤープランツなどの動物的なイメージのある植物にどうしても目が行ってしまう。
 こんな私の嗜好と、妻の園芸好きの両方を満たしてくれているのが「カントリーライフ」さんということになる。
 広い敷地に展開される園芸に関した様々な品揃えもさることながら、センスの光る「生活雑貨売り場」と「カフェGreen leaf」の存在は、ちょっと他のガーデニングショップではお目にかかれないものだ。(Green leafでのお勧めはハーブティ)
 特に「生活雑貨売り場」の豊富な品揃えや季節毎のディスプレイの変化は、毎回ここを訪れる上での一つの楽しみになっている。
 勿論、ここで見られる若いセンスは、他の園芸品や草木そのものの販売精神にも通底しているようで、苗・草木から鉢の類までどれを見ていても楽しい。
 そして新鮮で上質な苗の販売、、これは簡単なことのように見えて販売店としては最も難しいクォリティなのだろうが、「カントリーライフ」さんのものは素人目に見ても充分水準を越えているように思う。これからも応援してますよ。
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 草木繋がりでお次は、東近江市の「あいとうマーガレット」のレポート。
 どんなことでもそうなのだろうが、一つのモノを意識して長く観察し続けると、今まで見えなかったものが見えたり、理解できるようになるようだ。
 例えば骨董の世界もそうだし、先に書いた草木・園芸の世界もそうだ。
 で、ついでにと言ってはなんだが、口に入る野菜の類も例外ではない。
 勿論、野菜の目利きの中には、スーパーにずらりと並べられた眉目秀麗な野菜達を毎日比較検討して発達する主婦型目利きもあれば、「道の駅」のような産地直送の地元野菜が集積される場所を転々と巡って、野菜自体の元気さや生産者が野菜作りにかけた手間暇が、ある程度感じ取れるような旅行型のものもある。
 私の場合は後者で、最近、少しばかり野菜に対する目利きが立ってきたかな、、と感じ始めている。
 そんな私がお勧めするのが「あいとうマーガレット」の野菜や果物たちである。
 刺身などでも、とれたての新鮮なものは歯ごたえや質感・生臭さみなどが全然違うが、野菜も同じで、流通ルートが発達した現代でも、産地の農家が直接持ち込んでくる「あいとうマーガレット」の野菜の鮮度は、ちょっと他のものとは比べモノにならない。
 愛東町で収穫された農産物を生産者が直接販売する直売館はいつ行っても満員、一日の内に何度か野菜などが補充されているようだが、時間帯によっては陳列棚の底が見える時もある。
 活気のある魚市場の魚の鮮度がいいのは良い港と流通ルートがあってのこと。野菜も果物もしかりである。

PS インテリアガーデンでも初めてみようかと思っている。ある園芸に関するムック本を読んでいたら、心に響く一節があったので引用しておく。
「一日のうちの植物と向き合うわずかな時間を面倒と感じるか、ゆとりと感じるか、、。

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2006年11月19日 (日)

信楽へ

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 宇治田原から信楽へ。高速道路に慣れた身には所々にある山道はつらいが日本の秋の風景が満喫できて楽しい。
 久しぶりのR307は、年を追う毎に整備が進んでいるようで、トンネルの数が増え車の平均速度も昔より数段上がっているようだ。信楽も近くなったものだ。
 信楽には過去に2・3度訪れた体験があるけれど、残念ながらいずれも良い印象はない。陶芸の町が嫌いなのかと言えばそうでもないのだが、どうしても同じような狸の焼き物がズラリとならぶ町並みに好感が持てないのだ。
 今回訪れてみて際だって感じたのは信楽の町自体の衰退ぶりだった。
 まず観光客が少ない。そしてその観光客に笑顔がない。偶然にもタクシーの運転手さんに話を聞く機会があって氏曰く「信楽で儲けてる所がないわけやないんやけどな。町としては、観光客目当ての沿道の食いもん屋ぐらい支えてやれるぐらいの勢いがないとな。それがドンドン潰れていきよる、、。」とのこと、これには思わず納得。
 町をブラブラと歩いて見ると、結構お洒落な店構えの陶芸店がぽつりぽつりとあって、中を覗くとオリジナルの信楽焼きがギャラリー仕立てで置いてあり興味をそそられる。
 多分、これが例えば常滑だとかだと、ちょっと買って帰ろうかという気になるのだが、信楽では気分的にそうはならない。
 それは、それまでに目が腐る程、狸の置物を見ているからだろうと思う。一言で言って町全体のデザインがなっていない。軒先一杯の狸の置物、これがかっては信楽観光の「顔」だった。けれど今や人々の嗜好は違うところにある。

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 最近訪れた小布施や勝山などは、町の観光資源がそれほど潤沢にあるわけでもないのに、町ぐるみの協力体制のお陰で充分な魅力を放っている。
 別に私がWebの片隅で何を書いても信楽にはなんの影響もないのだろうけれど、旅好き人間にしてみれば自分が住んでいる近在に少しでも魅力的な町があればという気持ちでこのテキストをアップしている。
 まして信楽は越前、瀬戸、常滑、丹波、備前とともに日本を代表 する6つの古い焼物の窯の町。良い焼物がない筈がなく、その町が「死に体」では勿体ないのだ。
 まあ信楽を観光の町としてしか捉えられぬ中年親父のぼやきは、これぐらいにして信楽グルメの話。
 その内実はさて置き、観光地「信楽」のビッグネームなら飲食店は数限りなくありそうに思うが、実際は増殖する狸の置物のせいか主立った店舗は駅前に数件まばらにある程度だ。
Dvc00236  私のお薦めは、そんな駅前店の一軒、「魚松 たぬき茶屋」である。実を言うと魚松さんには偶然に入った。
 魚松さんより信楽駅に近い位置にもう一軒食事何処があって、ここが満席のせいで魚松さんに回ったのだ。
 純日本風の玄関口に立って「ごめんくださーい」と呼びかけてもなかなか店の人が出てこないし、店の作りが結構、高級料亭風なので予算に不安を感じ始めたころ、わらわらと元気そうな数人の従業員の女の子達が出てきて一安心。
 いつも思うけれどバイトであってもその店の「体質」は従業員にでるもので、この点でも魚松さんは合格。
 妻は名物の大名御膳。私は近江牛をメインにしたセット定食を注文。
 大名御膳は特大の漆碗の中に、会席ふうの料理が入ったものである。かなりボリュームがある。付け合わせの漬け物を食べた瞬間に、私は魚松さんが気に入ってしまった。おそらく自家製だろう。山菜の天ぷらの類も料理の技とともに素材が光っている。それに部屋から見える庭の作りもかなり楽しめる。

Keikurag  で後日、この魚松さんがテレビで紹介されているのを見てホーと思ったのだが、実はこの魚松さん、松茸料理の食べ放題で有名なのだ。
 これはもう一度再訪を、と思っていた矢先、東近江からの帰り道で立ち寄る事が出来た。その日は土曜の雨の夜で、これなら予約なしの飛び込みでももしやと考えたのだが予想は的中。
 しかし過日、訪れた時の印象とがらりと趣が変化していて驚いた。玄関を開けた途端に、販売用の松茸が山のようにおいて有り、ここから伺い見える店内はびっしりとお客さんが鈴なりに、、、夜の6時以降は狸しかいないと思える人気の途絶えた信楽に、こんなに沢山の観光客が。
 あれ?このお店の客間数ってそんなにない筈、なのに案内してくれても、お客同士の肘が当たるような食事はしたくないものだが、、と思っていたら、案内してくれたのが急拵えの奧の間(早い話が大きなプレハブ小屋です)。
 長テールがずらりと並べられ、ここでも盛大にあちこちで松茸すき焼きパーティが。その名も「松茸あばれ食い」コース6300円。
 信じられない事に、近江牛と松茸が食べ放題、壁を見ると「一生分の松茸が食べられる伝説の店。」の文字が染め抜かれた登りが張り付けてある。
 食べましたよ、これはもう、、。
 まあこれも食べ放題の松茸ご飯やどびんむしの味はさすがにもう一つですが、お肉と松茸は本物です。話の種に是非どうぞ。
 しかし「食」は人間を幸せにしますな、、。

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2006年11月14日 (火)

のれんの町・勝山

P1020446   倉庫跡とか学校跡を改装して、まったく用向きの異なる商用店舗にしてしまう事が流行りだしたのは何年前のことだったろうか。
 今ではこの現象にも淘汰が進み、単純に「ありがちな趣向」ぐらいにしか受け止められないものと、そのミスマッチ感覚が「とても洗練されている」と感じ取れるものの二つに別れているようだ。勿論、成功例の方が少ない。
 理由を考えてみれば単純な事で、最初から使用目的が決まっている建物は、その用途に合わせて機能や間取りが工夫されるのだから、後で違う目的の為に転用した建築物には幾分かの不都合が出て当たり前の話なのだ。単純な「物珍しさ」は年月の経過とともに飽きられてしまう。
 けれど本当に上手くいった転用はとっても「美味しい建物」になる。これは一つの建物だけに限る事ではなく、観光資源としての「古い町並み」にも言える事である。今回、私が紹介したいのはそんな例である。

 岡山県には「町並み保存地区」がある。その指定を受けた勝山町にある「西倉」が該当物件。
 勝山町には「御前酒」という名酒があるのだが、蔵元である辻家さんの酒蔵を改造したものが「西倉」である。
 白いなまこ壁、欅の真っ黒な大黒柱、高い天井でゆっくり回る大きな扇風機。空間が生きてる。
 それは出雲大社などが持つ結界じみた空間を思わせる。その場所に流れてきた時間や静寂が堆積したものを蔵自体が抱え込んでいるようだ。
 私はコーヒーと酒ケーキ(これは絶品)しか頼まなかったのだが、この西倉、レストランとライブを常設するマルチ空間でもある。

 勝山では「西倉」だけではなく、「町並み保存地区」の家々の軒先に掛けてある様々な「のれん」を見て回るだけでも充分楽しい。
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 又、お雛祭りの頃には、それぞれの店舗や家庭の軒先や窓にお雛様が飾られ一種のお祭り状態になる。どこからあれだけの立派なお雛様達が出現するのか不思議な程だ。
 妻は「ここってどこもレイアウトが凄いねぇ、、誰か専門の人、入っているのかしら。お雛様の置き方自体、素人じゃないよ。」のため息混じりの感想も漏らしてた。
 確かに「町並み保存地区」の一軒一軒にのれんをかけるという発想も含めて、勝山の場合、「町」という空間自体が巨大なディスプレィ装置になってるのが凄い。
 いくら昔ながらの格子や白壁、 藍ののれんが残っていても、町内のある程度の意思統一がはかれなければ、勝山のような空間は成立しないだろう。

 この町にも、いつの間にか観光用人力車が一台入っていて、小学低学年の子ども達二人を乗せて目抜き通りを走って行く。
 「可愛いやろー、こっちも姉弟雛やで~」の力夫さんのかけ声、確かに人力車に乗っている子ども達の笑顔が可愛い。
 目抜き通りから少し山手に上がると武家町跡やお寺さんがあるのだけれど、あるお寺さんの「抱き雛観音」にはちょっとげんなりした。
 ここ数ヶ月以内に作ったと思われる額縁入りの観音様の手芸レリーフを「抱き雛観音」と銘打って見せられてもなぁ、、。西倉の例ではないが、これはリニューアルの方向性の失敗例。

 まあ居心地が悪いと言えば、商店内に飾られているお雛様の見学などがそうだ。
 一般家庭の展示だと、玄関の間取りに飾ってあったりして、こちら側の遠慮さえあればそれでいいのだが、時計屋さんだとか商売を続けているその空間にお雛様がある時は、なんだか、そのお雛様だけ見て外に出るのがなんとなく気が引けるのだ。
 そのくせ、店舗で売っている本来の商品とまったくかけ離れたお雛様グッズなんかを陳列されると「便乗商売?」みたいな気にもなったりするのだが(笑)。

 勝山で、時間があれば高瀬舟の発着場所跡とか、「町並み保存地区」とT字型に交差する「ひのき舞台商店街」にも脚を伸ばしてみれば良いだろう。
 観光要素として、取り立てて目を引くものはないけど、普通の生活の空間に紛れ込んだ、昔からの文化や産業が、そこでひっそりと息づいているかよく判って面白いものだ。

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2006年11月11日 (土)

土山宿うかい屋

Pic49a  一度だけ大阪から三重方面に抜けるのに鈴鹿峠を車で抜けた事がある。
 乗用車はツーシーターのマニュアルだったので峠越えには不安がない筈だったのだが、日本アルプスの山懐にある県道並のハードさに、疲れた。
 この鈴鹿越え、昔から箱根に次ぐ難所と言われていたそうだ。
 そしてその昔、関東から京を目指し険しい山道を歩いた旅人が初めて出会う里、それが土山宿になる。
 土山宿の鈴鹿峠側の入り口には、やがて琵琶湖へと注ぐ野洲川の支流・田村川がながれている。激しい雨に降られながらこの川を渡る大名行列を、歌川広重は「土山 春之雨」と題し描いた。
 雨の降り続く田村神社の木立の間を合羽の行列が濡れそぼり、うな垂れ歩く情景がなんとも言えぬあの版画は誰もが一度は見たことがあるだろう。

 土山宿は、馬子唄で「坂は照る照る 鈴鹿は曇る あいの土山雨が降る」と謡われ雨が多い場所として有名だったようである。
 この日、私は水口から鈴鹿方面へと土山に向かった。その道沿いに偶然「骨董」とリサイクル販売が混じったような店舗を発見して俄然興味が湧き、冷やかしに入った。
 店内は、言ってはなんだがリサイクルというよりゴミ貯めのような様相である。所々に時代を感じさせる骨董らしきものも飾って在るのだが、それがそう見えない。
 更に値札を見ると骨董店の相場と変わりがないのでなんとなく腹立たしくなる。勿論、これはこちらの一方的な「気分」であり、この店のせいではない。
 それの腹立ちは同時に、「骨董」というもの、あるいは「文化」というものの不思議を感じる一瞬でもある。
 人は、時の流れの蓄積を、モノや風景に見た時、何故それを「良いもの」として感じたり、あるいは「荒れ果てたもの」として捉えるのだろう。

Dscn1212  休日のお昼前の土山宿は、静かな時が流れていた。動くものと言えば、近所のお婆ちゃん達の立ち話の姿のみ。
 旅篭跡の石碑や虫籠窓の町並みを楽しんでから、この宿場の真ん中にある商家造りの民芸・茶房うかい屋さんで、しばしの休憩と軽食をとるとこにした。
 築180年の旧家を改造したうかい屋さん、建物だけで充分値打ちがある。のれんをくぐると、広い土間には地元陶芸作家の器や民芸品がしっとりとならべらられ、茶房はその奥にしつらえてある。
 時代を感じさせるしっかりした柱と高い天井が作り出すゆったりと落ちついた空間。
 普段のせわしない生活感からはかけ離れ、なんだか贅沢すぎて、あせりさえ感じる程だ。
 そう言えば「ゆっくりしておいき」という言葉、ここ最近、人にかけた事も、かけられた事もない。
 ここでは空間自体が「ゆっくりしておいき」と声をかけてくれているようだ。
 妻はおしるこをゆっくりと味わい、私は鴨なんば蕎麦を戴いた。
  ていねいな時が通過し、ていねいさが蓄積された空間やモノに、人は惹かれるのだ。腰のある蕎麦を噛みしめながらそんな事を考えてみた。

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