カフェ&ギャラリー慧蔵
カフェ&ギャラリー慧蔵 2008年8月末吉日オープン
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カフェ&ギャラリー慧蔵 2008年8月末吉日オープン
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刃こぼれを起こした中華包丁を研ぎ直して貰うために、散歩も兼ねて堺に出かけた。ezouの住む町から堺に出るには様々なルートがあるが、最後のアクセスに阪堺線を使うルートにした。
阪堺線はezouの生まれ故郷を縦貫していることもあって、久しぶりに想い出に浸ってみるのもいいかと考えたからである。
天王寺の近鉄百貨店前を始発にして堺方面に向かう一両編成の路面電車の車内には「笑顔ふれあいチンチン電車」の広告が、、、勿論、数十年前の広告にはこんなものはなかった。
地元住民にとって阪堺線をチンチン電車と呼ぶのは極めて当たり前のことだったけれど、当の阪堺電気軌道株式会社自体は、自らをある種の安価さとノスタルジーを込めながら「チンチン電車」と自称するには、まだまだ抵抗があった筈なのである。
今となっては阪堺線は、自ら名乗るとおり頭の天辺から爪先まで「笑顔ふれあいチンチン電車」である。
秋の日差しが差し込む車両に揺られながら車窓から見える街並みや、バス停に毛が生えた程度の通過駅を眺める。
東天下茶屋駅、駅の端には幼い頃に不思議な名だと思った「馬道」の字が刻まれた石のモニュメントがまだあった。
ぐっと懐かしさがこみ上げてきて文字通り涙が出そうになる。駅の直ぐ側にある今にも壊れそうな昭和初期の木造家屋も記憶の片隅に引っかかっている。まだ壊れていない!!ちょとした衝撃だった。
昔のチンチン電車には、操舵席のような運転ボードが前後にあり、空いている方でよく遊んだものだが、今、自分の乗っている車両にはそれがない。こんなチンチン電車にさえ、様変わりがあるというのに、、、。
壊れやすいしもたやが数十年間も立て替えも増築も行われていないのだ。
変わらないと言えば当たり前だが駅の名前もそうだ。駅名は記憶をつなぎ止めるアンカー代わりとして有り難い。
小さい頃に遊んだ記憶と駅名が密接に繋がっている。親戚の家、お正月には必ず参った住吉さん、母に連れていって貰った浜寺公園、記憶に沈んだものが次々と浮かび上がってくる。
大和川の駅を通過して驚く、この駅はこんなに川に近かったのか、、。実際、川の土手に唐突に出現する小さな壁と庇のみの駅は珍しいものだと思う。
大和川は名前の割にはけちくさく、大きいくせに自然の一欠片もない川で、過去には何度も汚染度ナンバー1に輝いたことがある。でも初めてオタマジャクシを自分の手のひらで掬ったのはこの川だった。
二十分程の乗車が終わる頃「顔なじみ今日も乗ってる阪堺電車」の広告を見ながら愛称であるチンチンの意味を考えてみた。
降車を知らせる車内ベルを押すとチンチンとなるからか、遙か昔の記憶では路面の車への警報とかそんなものにもチンチンを使っていたような記憶があるのだが、、定かではない。
包丁店のある「綾ノ駅」はezouの子どもの頃のなじみ深い記憶と土地との関係が途切れる場所だ。
これより先の天皇御陵等は「旅行先」だったように思う。
中華包丁の研ぎ上がりに満足して、包丁店を出た頃が丁度、昼飯前だったので「飯」が旨いと評判の「げこ亭」へ向かった。
ネットでの下調べによるとげこ亭の店舗は、道路際の本店舗と、調理場に併設された小振り店舗の2軒あるそうなので、道路から奥まった方へ足を延ばしてみた。
本店舗の場所は看板が凄いので迷うことは絶対にないだろう。(チンチン電車の車窓からもしっかり見える)本店舗の面構えが、いかにも回転の速い大衆食堂然としていたので、ゆっくり腰を落ち着けようと奥まった店を選んだのだが、誰も客はおらず、調理場で働いていた少年が顔を覗かせてくれて、丁寧に本店舗の場所を教えてくれた。
どうやら2軒目は1軒目が満杯になった時点で稼働するようだった。
本店に戻ってアルミ戸を引いて中を見渡すと、かなり広い。と同時に懐かしさで胸が一杯になる。
そこには昔、どの街にもあった一膳飯屋の面影が、、ただしその面影は、店の大きさに合わせてWサイズなのだけれど。
おかずが冷蔵ケースに棚置きされているのではなくて、大きなテーブルに平置きされているのには少し驚く。
そのテーブルから、噂の「飯」の旨さを確認するために、天麩羅盛り合わせ・出汁巻き卵・大根下ろしをチョイスし、最後におばちゃんにわかめ味噌汁と中飯を注文する。
箸を味噌汁に浸けながら店内の様子を見ていると先ほど入った小食堂で案内をしてくれたお兄ちゃんが大きなおひつを持って来たのが見える。
調理場で飯の炊飯一筋というご主人が炊きあげたものなのだろう。
飯は「うーん」と涙が出るほど旨いという訳ではないが、定食屋の飯としてはすこぶる上等だ。何か生意気な言いぐさだが、これが正直な感想である。
最近の我が家の「飯」事情は、炊飯技術も米も極めてよく、そういう自分の「舌」の差があるのかも知れない。
それだとか、竈炊を売りにしている定食屋が結構多くなっていると状況もは手伝っていることも上げられる。
出汁巻きが旨かったが、これも料亭で出されるようなレベルではない、、でも定食屋さんなんだからあたりまえか。
なまじっかマスコミ・口こみで有名だと「なんでも飛び抜けて旨い」という妙な幻想が生まれるので、一番迷惑しているのは当のげこ亭さんかも知れない。
昼食を戴きながらしみじみ染み思ったのは、昔の家庭(昭和中期)ならコレぐらいの味のレベルは普通だったのではないかということだ。
それぐらい人々の間に、料理を作る知恵や技術が広く定着していたという事だ。
今の子ども達の大半の「手料理体験」は学校給食によって支えられているのではないかとさえ思う。
米を洗いなさいと言われて洗剤で米を洗った若いお母さんの話は、笑い話でもなんでもなく、私たちの生活に浸透しつつあるのだ。
一方、ハイレベルの中華料理の味が、レトルトパックに封入され、各家庭ではそれを買ってきた材料と共に鍋の中で炒め合わせるだけで、それが戴ける時代に突入した。
村上龍が言った「なんでもあるのに、なんにもない国」が「食」という生命レベルの営みにまで浸透しつつあるということだろうか。
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初夏のこの時期、住宅街を歩いていると各家庭の玄関先や庭に咲き誇る色とりどりの花や鮮やかな緑が目を楽しませてくれる。
こういった光景を眺めていると、昨今言われているような「隣人不明没干渉コミューン」状況は何処にあるのか?と思える程だ。
家々を飾る草木は、毎年、クリスマスシーズンになると出現するあの何か自慢げな電飾イルミネーションとはちょっと違うバイブレーションを放っているように思う。
園芸ショップで、既に立派に咲いた鉢植えの花を購入して軒先に置いたとしても、それを維持するには、人の「世話」が必須だからだろう。スィッチを押せば灯が点るわけではないのだ。
「育てる」という労力をかけた草木が与えてくれる喜びは、自分自身のみならず、道行くまったくの他人にまで届く。その事自体が嬉しい。
言い換えると、現代日本で強固になりつつある「個人所有」感覚が曖昧なのだ。この曖昧さは植物様の自然の一部を家に取り込む「庭」の造形感覚にも通じていると思う。
さて泉南は熊取に『ジャパニーズ・ガーデン・カフェ つろぎ』というカフェがある。
このブログで何軒か紹介して来た古民家カフェの売りから考えると、総合点は高いけれど、特別ユニークなメニューや仕掛けがある店ではない。
ただし、その「庭」は別格である。
「庭」と言っても、有名寺院の庭園や高級料亭のそれを想像されても困るのだが、今日冒頭に上げた庶民の「庭」と「家」の心優しき関係が、上手くボリュームアップされているのである。
もっとも庶民の家の裏窓からは『つろぎ』さんのように
大きな池の借景が望めるわけではないが。
『つろぎ』さんへの交通ルートの起点は、やはり熊取駅になるだろうか?
そこから郊外に向かって対向1車線のやや細い道路を辿りつつ、まったく風光明媚じゃないどこにでもある衛星都市の田舎道を堪能していると、突如として草木に囲われた『ジャパニーズ・ガーデン・カフェ つろぎ』が現れる。 駐車場は面取りした方形になって敷地内に引き込まれているので、帰りを考えながら車を止めるといいだろう。
この駐車場からそれ程距離はないのに、草木で飾られた入り口までの小径が素敵である。
山野草が植えられ、まるで野山にある一軒家のような風情を演出している。これは一種の優れた「おもてなし」だと思う。
しかし、考えると昭和中期までの庶民の家の玄関先には必ず鉢植えがあったりと、ある種の「おもてなし」感覚が存在したような気がするのだが。
「つろぎ」さんの入り口に立つと、右手が蔵風の雑貨ギャラリー、左手が十二谷池を借景にもつ『カフェ つろぎ』になる。
この時点でワクワク感があるのは、駐車場から見え隠れしている十二谷池の姿と『カフェ つろぎ』さんの佇まいの見事なマッチングが醸し出すロケーション力のせいか。
町家風の店内は、和洋のアンティーク家具が置かれいるのだが、その配置センスは商用デザイナーのもので隙がない。(個人的には綺麗すぎてちょっと疲れる)。
食のメインは、二十穀米や純粋水を使った体に優しいランチのようだが、この日、ezouはフランス料理レストランに予約を入れてあったので、遅いモーニングセットを注文、結構なボリュームだった。
初めていかれるなら是非、池に面したガラス引き戸が壁になっている側のテーブルをお勧めする。
十二谷池は昔「近所の池」で遊んだ子どもの頃を思い出させてくれるアノ懐かしさを思い出させてくれて、なかなか和める。
PS 「つろぎ」のネーミングは「くつろぎ」の単語から「く(苦)」を取ったものだそうですが、ezou的には「苦」があってこその「くつろぎ」ではないかと思ったり(笑)。
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妻が『慧蔵(古民家改装カフェの屋号予定名)』を飾る花籠にどうしても蔦編みのものが欲しいという事で、4月上旬に信州方面から木曽へ南下する旅に出た。
私ezouは、信州は松本民芸家具の品定めをこの目で直にしたかったので、旅は竹細工の名産地である戸隠を出発点に、中間を松本、最終を妻籠・馬籠宿とした。
蔦編みによる大きな花籠は(妻のイメージ通りではないそうだが)中山道奈良井宿で見つけることが出来た。
そしてその中山道の街道筋で見つけた素敵なものがもう一つある。
それがこれから紹介する「竈炙ビストロ松島亭」である。
宿場町の一つ木曽福島の新しい観光名所となっているが上の段地区である。「上の段」という名前の由来は、平安時代末期に活躍した武将・木曽義仲が、ここに「上の段城」をつくり、城下町として栄えたことにあるそうだ。
この地区に江戸時代から残る「松島邸(商家)」を再生してオープンしたのがイタリアレストラン「竈炙ビストロ松島亭」である。
谷あいの木曽川に沿って中山道が伸びる木曽町の中心市街地は、かって「福島宿」として、あるいは木曽ヒノキの流通拠点として栄えたそうだが、昭和40年代からの林業の不振や、車社会による人の流れの変化などにより、次第に衰退し、高齢化や空き店舗が目立つようになっていたそうだ。
まあこの現象はあらゆる地方都市で見受けられるのだが、、。
そこで地方自治体が中心市街地の活性化を重要課題として、市街地整備に乗り出したわけだが、このまちづくりの中心に「竈炙ビストロ松島亭」が位置づけられていると言う。 確かにココに訪れコノ町並みを見れば「活性化」の意味がよく判る。
ただし車で訪れると、この場所、多少面食らうかも知れない。古くからある近くの有名店は蕎麦の「くるまや本店」だから、取りあえずは「くるまや本店」を目指した方がいいかもしれない。(ちなみに「くるまや」の蕎麦は抜群に美味しい)
「竈炙ビストロ松島亭」は丘に連なる住宅街の奥まった所にある。「上の段」は特別に観光地然としたロケーションではない。そこには日常の生活がある。
しかしその周囲の景観に溶け込みながらもしっかり中山道の古い町並みの印象は残っている。この通り沿いに「松島亭」や和菓子屋さん、なまこ壁の土蔵、水場などがあり、落ち着いた情緒が味わえるのである。
袖うだつや千本格子を見て店内に入ると土間から囲炉裏のある上がりが待ちへ続き、落ち着いた和室に案内される。
和の雰囲気の店内で味わうのが信州産の食材をふんだんに使ったイタリア創作料理である。
築100年の町屋然とした古民家でいただくイタリア料理は、環境が生み出す「対比の美」も加わってかなりいける。
ezouは美食家ではないので、一品一品のソースの味に触れる言葉を持たないが、こういったレストランの料理に関しての拘りは最後のデザートに現れると体験的に信じているのだが、その点でも「竈炙ビストロ松島亭」は二重丸である。
この味で大阪の一等地で食べたなら三倍は取られる筈だ。
何よりスタッフが自分たちの店を愛している雰囲気が無言のウチによく伝わってくるのが嬉しい。
いつか隣接するBAR松島で地酒を飲んでみたいものだ。
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