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2007年7月 2日 (月)

「庭」と「家」の心優しき関係

Hi390024mini  初夏のこの時期、住宅街を歩いていると各家庭の玄関先や庭に咲き誇る色とりどりの花や鮮やかな緑が目を楽しませてくれる。
 こういった光景を眺めていると、昨今言われているような「隣人不明没干渉コミューン」状況は何処にあるのか?と思える程だ。
 家々を飾る草木は、毎年、クリスマスシーズンになると出現するあの何か自慢げな電飾イルミネーションとはちょっと違うバイブレーションを放っているように思う。
 園芸ショップで、既に立派に咲いた鉢植えの花を購入して軒先に置いたとしても、それを維持するには、人の「世話」が必須だからだろう。スィッチを押せば灯が点るわけではないのだ。
 「育てる」という労力をかけた草木が与えてくれる喜びは、自分自身のみならず、道行くまったくの他人にまで届く。その事自体が嬉しい。
 言い換えると、現代日本で強固になりつつある「個人所有」感覚が曖昧なのだ。この曖昧さは植物様の自然の一部を家に取り込む「庭」の造形感覚にも通じていると思う。

 さて泉南は熊取に『ジャパニーズ・ガーデン・カフェ つろぎ』というカフェがある。Turogi
 このブログで何軒か紹介して来た古民家カフェの売りから考えると、総合点は高いけれど、特別ユニークなメニューや仕掛けがある店ではない。
 ただし、その「庭」は別格である。
 「庭」と言っても、有名寺院の庭園や高級料亭のそれを想像されても困るのだが、今日冒頭に上げた庶民の「庭」と「家」の心優しき関係が、上手くボリュームアップされているのである。
 もっとも庶民の家の裏窓からは『つろぎ』さんのように
大きな池の借景が望めるわけではないが。

 『つろぎ』さんへの交通ルートの起点は、やはり熊取駅になるだろうか?
 そこから郊外に向かって対向1車線のやや細い道路を辿りつつ、まったく風光明媚じゃないどこにでもある衛星都市の田舎道を堪能していると、突如として草木に囲われた『ジャパニーズ・ガーデン・カフェ つろぎ』が現れる。 駐車場は面取りした方形になって敷地内に引き込まれているので、帰りを考えながら車を止めるといいだろう。
 この駐車場からそれ程距離はないのに、草木で飾られた入り口までの小径が素敵である。
 山野草が植えられ、まるで野山にある一軒家のような風情を演出している。これは一種の優れた「おもてなし」だと思う。
 しかし、考えると昭和中期までの庶民の家の玄関先には必ず鉢植えがあったりと、ある種の「おもてなし」感覚が存在したような気がするのだが。

 「つろぎ」さんの入り口に立つと、右手が蔵風の雑貨ギャラリー、左手が十二谷池を借景にもつ『カフェ つろぎ』になる。
 この時点でワクワク感があるのは、駐車場から見え隠れしている十二谷池の姿と『カフェ つろぎ』さんの佇まいの見事なマッチングが醸し出すロケーション力のせいか。
 町家風の店内は、和洋のアンティーク家具が置かれいるのだが、その配置センスは商用デザイナーのもので隙がない。(個人的には綺麗すぎてちょっと疲れる)。
 食のメインは、二十穀米や純粋水を使った体に優しいランチのようだが、この日、ezouはフランス料理レストランに予約を入れてあったので、遅いモーニングセットを注文、結構なボリュームだった。
 初めていかれるなら是非、池に面したガラス引き戸が壁になっている側のテーブルをお勧めする。
 十二谷池は昔「近所の池」で遊んだ子どもの頃を思い出させてくれるアノ懐かしさを思い出させてくれて、なかなか和める。

PS 「つろぎ」のネーミングは「くつろぎ」の単語から「く(苦)」を取ったものだそうですが、ezou的には「苦」があってこその「くつろぎ」ではないかと思ったり(笑)。

Kaeru

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